家族で磨く魂

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毎週水曜に届くメルマガ「かみさまとのやくそく」。
おもに体内記憶を持つ子供たちのリアルな証言などが紹介されていて
とても興味深く読ませていただいているのですが、そんななか
介護の話に共感を覚えました。
少し長めですが、以下抜粋と、共感した思いを書いてみます。

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「さて、介護について様々なお話をお聞きするにつれ、
胎内記憶と重なるポイントが垣間見えてまいります。
それは、池川先生がおっしゃる「心を見る医療」。
相手の立場に立ってコミュニケーションをとることの重要性です。

「死ぬ瞬間」などの著者で知られ、終末期医療に大きく貢献された、
エリザベス・キューブラー・ロス博士の番組を観る機会がありました。
番組の中でロス博士は、死を間近に感じている女性の枕元で語りかけます。

彼女が病気によって上手に話せなくなったことを悔やんでいることに対しては、
「何かの罰ではなく、チャレンジとして考えるといいですよ。
娘さんのように、ご主人や息子さんもあなたの言っていることが
わかるようになります。」と。

家族から介護を受けることへの罪悪感には、
「毎日あなたの世話をすることで、娘さんたちも得るものがあるのです。」
「病気と闘うあなたの勇気や愛は、子どもさんたちへの贈り物です。
どうぞたくさん贈り物をしてください。」
と、励ましていました。

そして、上記のロス博士から女性への呼びかけの中にも、
私たちが胎内記憶から学んだことと重なる部分があります。
病気はチャレンジのために魂によって選択された状況であると
捉えることが可能であるということ。
介護という経験を積むことで、家族の魂が成長するということ。
生き様を示すことが最高の教育となること。

妊娠、出産、子育てによって母子、家族の魂が磨かれる側面があるように、
介護にもまた、お互いの魂が磨かれる側面がある。
お互いを尊重しあうことができれば、両方の魂は成長することができるのですね。

「かみさまとのやくそく」監督:荻久保則男
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これをバスの中で読んでいて、同じ体験をした私は思わず涙が出てしまいました。
私が小学校2年のときに脳梗塞を発病し、その後社会復帰はしたものの再発。
それから父は20年も闘病生活を送っており、母や私たち兄弟も必然で介護
(全身麻痺のため病院介護でしたが)をしました。
父がチャレンジとして病気を受け容れていたかどうか・・・聴くことは
できませんでしたが、少なくとも私は本当に沢山のものを父から与えて
もらったと思ってます。

生きていてくれるだけで、その年金から私たち家族は生活できたのも事実。
だから自分で動かせない体を、忙しいヘルパーさんや看護師さんを呼んでは
時に嫌な顔をされてもめげずに体交(体の向きを変えて寝かせてもらうこと)を
してもらうことで、褥瘡を防いでいた父を尊敬します。
何より、母が亡くなったあと、一ヶ月でどんどん父も弱っていき、
亡くなる三日前私に新しい着物を用意させた父。
自分が死ぬことをわかっていて、死ぬときに着せる着物を買え・・・と私に命じた父。
あのときはさすがに辛く、買いにいくの本当は嫌だけど、買わずに帰れない自分がいたり。
でも、そんなことを娘に要求する父の強さは、ただただすごいな、、と感じました。
自分はこの人のように死ぬ準備をできるかな・・と今でもたまに思い出します。

あの父が居てくれたからこその、今の私。
色々な経験で魂が磨かれていったことも、いまではよくわかること。
父の病気で、私は大きな愛を学べました。
このメルマガで再認識でき、感謝です。

2016-03-17 | Posted in 過去記事No Comments » 
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